教育の原理2

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     学校の役割が積極的な学校論から消極的な学校論へ変わっていった経緯について述べる。
    フランスのデュルケールは、積極的な学校論を支持した一人である。彼は、学校は子どもを大人に育てるうえで最も大切な場所であるとみなした。一つの見方として、学校は小さな社会であるという見方である。子どもが周囲の人たちと共生するための秩序や社会構成員としての責務を学ぶ場であると考えた。彼は、道徳性は社会集団で育つもので家族や血縁集団では十分に育たないと考えた。学校は小さな社会であるべきと考えたが、どのように子どもが社会へ働きかけるか、またどのように子どもの潜在能力が社会発展結びつくか、という視点が抜けていた。二つ目は、学校は社会における変化や葛藤の源であるという見方である。教師や生徒、親、地域がそれぞれの価値観を持ち、学校において正統化することで社会に影響力を持つと考えた。この場合の価値とは主に宗教、人権、民族性、ジェンダーなどの要素に基づく場合が多くみられた。これは実際の社会で「男らしさ」「女らしさ」という区別で仕事の業務が分けられていることとつながる。
     この積極的な学校論に対して大きな反響を及ぼした例があ..

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