中華民国前近代の民主化の企て

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    中華民国の前近代民主化の企て
     汪精衛、本名汪兆銘1883年5月4日に広東省三水県生まれ、1904年に省政府留学生試験合格し、留日している最中中国同盟会を参加し、機関紙「民報」で頭角を現した。太平洋戦争終結の前年44年に死去した。
     彼の評価は中国で「漢奸」、「売国奴」など悪い評価ばがりである。こうした現状の下で、汪精衛を研究する学者らは何故かれは重慶をを離れ、日本軍の占領下の傀儡政権を樹立したのか。近年におけるこれらの著作や研究など著しく多かった。
     当時何故こうした汪精衛の研究や著書はなかったのか。第2次大戦終結後、世界中本格的に冷戦が始まった。また、中国大陸政権は共産党が握っていたから、毛沢東の継続革命の思想と65年から75年までの文化大革命の実権派との対立により、革命から、こうした資料の整理や学問の研究はかなり遅れていた。
     90年代以降、89年に「東欧の革命」とベルリンの壁の崩壊から、東西の冷戦も漸く終止符を打った。この時から、本格的に汪を研究する学者が続出した。彼は留学時代で、中国同盟会を加入し、清帝国政府にとって「反逆者」、辛亥革命後民国の「英雄」である。
     ところが、1..

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