日大 通信 商業史分冊2(三井家の歴史と丁稚制度、三貨制度の説明)

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     越後屋の創始者である三井八郎兵衛高利が松坂から江戸に出て、越後屋呉服店を開いたのは、一六七二~七三年のことである。一六八六年までに、江戸・京都に両替店を開き、京都に本拠をおき、元禄初年までには幕府呉服御用達、金銀御為替御用達を命ぜられ、大阪にも出店をもって三都にまたがる御用商人として確固たる地位を築き上げるにいたった。ここでは、三井家の歴史について述べるとともに、その歴史の中にあった丁稚制度と三貨制度についても以下に述べる。
     高利の商法は、呉服商としては従来の顧客中心の掛売り商法にたいして、諸国商人への卸売、不特定大衆相手の「現銀掛値なし」の店前売り、現金取引を行ったところにその革新性があった。これは、ひと口に言えば、薄利多売で運転資金の回転を早めるという商法であった。高利の死後は子供たちによる共同経営の体制がとられるようになり、一七一〇年に三井同族の事業全体を統括する機関として「大元方」が設置された。大元方は高利より譲られた共有財産を資本として所有し、総領家、本家五軒、連家三軒の計九軒の三井同苗が、その共有財産の持分権利をもつというしくみになっていた。三井大元方は各営業店を支配す..

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