小学校英語教育導入までの経緯と変革の根拠

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    小学校英語教育導入までの経緯と変革の根拠
    もともとは英語教育環境の中で文法・釈読の従来の英語教育が行われていたが、急激なグローバル化・情報化の中で、コミュニケーション能力が必要となっていき、このような現状となった。それでは韓国の英語教育の推移と過程を考察していくことにする。
    韓国の英語教育は「同文学」という、1883年にソウルに朝鮮王朝によって設立された通訳官養成のための語学教育機関から始まる。その3年後に「育英公院」という官立学校の設立によって同文学は閉鎖となった。この育英公院は同文学とは異なり、国の近代化を担うエリート養成機関となっており、お雇い外国人講師による直接教授法(Direct Method)によって授業が行われていた。国の近代化促進のために西洋からのさまざまな情報を収集する手段としてエリートを対象とした徹底的な英語教育が行われていた。第2次世界大戦終戦前である日本の植民地時代(1911-1945)には、映画は専門学校・高等学校で週2時間ほど教えられていた(この時期は語学教育の中でも日本語の比重が高まっており、日本語の授業は週4時間ほど行われていた)。また第2次世界大戦中で..

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