R0105「日本史」第一設題 評価は「B」です。

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数8
閲覧数581
ダウンロード数10
履歴確認

    ファイル内検索

    タグ

    資料紹介

    佛教大学通信課程の「日本史」の第1設題のレポートです。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    鎌倉幕府と執権政治について
     武家政権として創立した鎌倉幕府は、源頼朝の死によって大きな転機を迎えることとなった。執権政治のはじまりである。
     それまでの幕府の体制は、頼朝がいわば独裁的に権力を握り、御家人一人ひとりが頼朝個人と結び付いて幕府という権力機構が構成されていた。しかし、頼朝というリーダーを失ったため、代わって将軍職を務めることになる頼朝の嫡子頼家は当時まだ十八歳と非常に若く、御家人達を束ねるには器量が充分に備わっていなかった。当然、御家人達は頼家を頼朝と同じように主君として扱うことができなかった。頼家はそんな御家人達を押さえ込もうと、近習の者を寵愛し幕府の元老諸将を制しようとしたが、それは御家人との間に深刻な対立を生む以外にほかならなかった。
     そこで、幕府の重臣たちは、正治元年(一一九九)四月十二日に頼家の訴訟親裁を停止し、有力御家人一三名による合議制が成立したのであった。
     これによって、将軍職から訴訟の専決権を取り上げたことにより、将軍職というかつて絶対的であった権力を弱体化させることとなった。頼家はこのような体制に強く反発し、その年の十二月に政所に命じて大田文を審査..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。