ロシア人がみた日本―ピリニャーク『日本印象記』にみる「性」の比較―

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    ロシア人がみた日本
    ―ピリニャーク『日本印象記』にみる「性」の比較―
    ≪はじめに≫
    日本とロシアとの交流が一旦途絶えた後に正式に回復したのは、1925年に日ソ基本条約が締結されてからのことである。その翌年、作家ピリニャークが来日し、2ヶ月間日本に滞在した。その時の日本の様子を綴った記録が『日本印象記―日本の太陽の根帯―』だ。この著作には、日本の文字、火山、芸術、日本人のしぐさ、労働力などが彼の視点から描かれている。とりわけ日本の「性」については記述が多く、日本の「性」に彼が非常に興味を持ったことが窺える。
    本論では、『日本印象記』の中の「五 吉原、華魁、芸者」の内容を中心に、ピリニャークが日本で見た「性」と、ロシアを含むヨーロッパのそれとを比較し、日本のヨーロッパ化を論じる。(カッコ内のページ数は『日本印象記』のものである。)
     
    ≪1.日常と共存する色街≫
     ピリニャークは、自国のほか、ヨーロッパ各都市、上海などの女朗屋や魔窟へ行ったことがあると記している。そして、その女朗屋や魔窟はどこでも同じようなもので、人間の秘する事や、ヨーロッパの不名誉だと思われている全てを遺憾なく暴露してい..

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