北方ジャーナル事件の考察

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    北方ジャーナル事件の概要、判旨を説明したうえで、北方ジャーナル事件の考察を行っております。

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    憲法演習 春学期レポート
    ―北方ジャーナル事件―
    [北方ジャーナル事件](最大判1986年6月11日)
    事実の概要
    Y1は1963年5月から1974年9月までの間旭川市長を務めたのちに、1975年4月に北海道知事選挙に立候補したが落選し、再び1979年4月施行予定の同選挙に同年2月の時点ですでに立候補を予定していた。他方、Xは、株式会社北方ジャーナルの代表取締役であり、Y1に関する「ある権力主義者の誘惑」と題する記事を執筆し、同年2月8日に校了し、Xが発行する月刊の道域誌「北方ジャーナル」の2月23日ごろ発売予定の4月号に掲載するために印刷の準備をしていた。
    記事の内容は、Y1が「嘘とハッタリとカンニングの巧みな」少年であり、「言葉の魔術師であり、インチキ製品をたたき売っている大道ヤシ」などの表現をもってY1の人物論を述べ、その私生活にも触れ、また「利権漁りが巧みで、特定の業者と癒着して私腹を肥やし、汚職を蔓延せしめ」「巧みに法網をくぐり逮捕はまぬかれ」ていると記し、Y1が知事候補者として不適格であることを論じていた。
    記事の内容を知ったY1は、代理人を通じて同年2月16日、名誉権の侵..

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