新聞論

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数4
閲覧数299
ダウンロード数0
履歴確認

    ファイル内検索

    タグ

    法政法学国際政治政治学新聞論

    代表キーワード

    新聞論

    資料紹介

    ジャーナリズムは、本来の意味に於いて、世の中を戒めるブレーキであり、また引っ張り役として常に社会を監視し、もし世の中が間違った方向に行こうとしているのであれば、それを止める役目を背負っている物だと考える。しかしながら、現代社会に於いて、それはどれだけ果たされているのだろうか?

    朝のTVニュース、新聞、ラジオ、今ではインターネットまで・・・毎日報道されていニュースの中から、真実と虚構が見え隠れしていることに気付いている人は一体どれだけいるのだろうか?もちろん私自身もそうだが、やはり気づけていない点の方が多いと言うべきだろう。それは私達民衆の知識が足りないと言うこともあるが、やはりジャーナリズムの精神が歪曲されつつある。いや、歪曲されきってしまっていると言えるのではないだろうか。

    もちろん、ジャーナリズムには、日々の事象や出来事、はたまたエンターテイメントや天気など、歪曲しなくても、歪曲せずに伝えられるニュースなどは山ほどあるし、それらはそのまま伝えられるものだろう。間違ってはいないと考える。日々の生活に於いて、それらは必須のものであるし、それらがなければ人々の生活は今や成り立たないだろう。これは現代社会におけるジャーナリズムが果たすべき目下目前にある使命であり、またこれは日本のメディア・マスコミは何とか果たせているのではないだろうか。

    しかし、本来ジャーナリズムは、社会を戒め、今そこにあるものを疑い、時には強権力にも立ち向かい、世の中を危うい方向へ持っていこうとするものに立ち向かう、セーフガードでいなければいけない存在なのではないだろうか。だが、現代社会、言うなれば資本主義社会に於いて、日本、いや世界のマスコミにそれが出来ているかと言えば、答えはNOだ。

    例を挙げる。例えばTV。テレビ局の主収入は広告費だ。つまりはその番組にスポンサーがいると言うことだ。もちろん報道番組もその中から洩れることはない。つまりは、スポンサーの嫌うニュースは流せないと言うことだ。スポンサーに都合の悪いニュース、スポンサーのクライアントに都合の悪いニュースは流せない。しかし、企業、つまりスポ

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

                                       
           新聞論-レポート
    ジャーナリズムは、本来の意味に於いて、世の中を戒めるブレーキであり、また引っ張り役として常に社会を監視し、もし世の中が間違った方向に行こうとしているのであれば、それを止める役目を背負っている物だと考える。しかしながら、現代社会に於いて、それはどれだけ果たされているのだろうか?
    朝のTVニュース、新聞、ラジオ、今ではインターネットまで・・・毎日報道されていニュースの中から、真実と虚構が見え隠れしていることに気付いている人は一体どれだけいるのだろうか?もちろん私自身もそうだが、やはり気づけていない点の方が多いと言うべきだろう。それは私達民衆の知識が足りないと言うこともあるが、やはりジャーナリズムの精神が歪曲されつつある。いや、歪曲されきってしまっていると言えるのではないだろうか。
    もちろん、ジャーナリズムには、日々の事象や出来事、はたまたエンターテイメントや天気など、歪曲しなくても、歪曲せずに伝えられるニュースなどは山ほどあるし、それらはそのまま伝えられるものだろう。間違ってはいないと考..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。