621 図画工作科教育Ⅰ 1単位目

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数2
閲覧数184
ダウンロード数1
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    (2010年配本)
    1,テキスト内の「わが国の美術教育の変遷」(第1章、第5節)について、800字程度に大意要約し、その感想として私見を200字程度で述べよ。
    2,絵画指導の意義と方法についてまとめよ。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    (1) 美術教育が普通教育に取り入れられたのは明治5年の太政官布告による学制頒布以後である。図画科においては尋常小学校の下等小学校ではそれを欠き、上等小学校では「幾何学罫画大意」を必須とし随意科の中に「画学」を加えている。その後「図画」に改められ、法令上図画科の独立が認められた。図画科という教科名にはdrawing と painting の直訳であったと思われる。
     学制施行以来、美術教育は図画を主とし、手工の要素が加えられたのは明治19年の教育法改正以後である。明治30年代に入ると教育的見地から鉛筆画、毛筆画は考え直すべきだとの意見が強くなった。明治41年には国定教科書「新定画帳」の編纂に着手し翌年完成した。こうして普通教育に定着するようになった。
     大正期のデモクラシーの時代には個性と創造を強調した自由画教育の提唱があった。自由画は模写を成績とせず、創造を成績とすることに特徴があった。批判の声もあったが自由は児童画に置き換えられるようになった。
     昭和に入ると、図画と手工を一本とする生産芸術教育といえる構成教育が提唱された。構成教育では、単に美を知らせるのではなく、用と美の一致する..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。