外国史(東洋) 第二分冊

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    宋は三百年ほど続いた王朝であり五代十国時代の戦乱の時代ののちに趙匡胤により建てられた。おおよそ百七十年は開封を首都とし北宋という。金に開封を追われて南遷した後は秦嶺と准河以南を統治するだけとなり、首都も江南河の終点の杭州に移す。この時期を南宋という。
    宋の太祖は、有力軍人が皇帝に取って代わるという五代から行なわれてきた武断主義を改革し文治主義を打ち出した。この文官優先は長い期間、宋の方針となった。さらに科挙制度の重要性を高め、重要な職には科挙を通過した者しか就けないようにし、殿試を実施することで科挙による官僚任命権を皇帝の物とした。こうした体制の強化を行ないながら、十国の支配を進めた。荊南、楚、後蜀、南漢、南唐と支配を重ねていったが、北漢、呉越を残して崩御してしまった。その後を弟の太宗が受け継ぎ、中国統一を果たした。また太宗は太祖が進めた文治政策のさらなる充実を図り、科挙による合格者をそれまでの十人前後から一気に二百人超までに増やし制度の充実を図った。この政策は太宗の崩御後、後を継いだ真宗がより強大なものとして皇帝独裁体制と文治主義が完成した。こうして完成した文治主義は一方で軍力低下を..

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