外国史(東洋)「漢王朝と西域の関係」【玉川大学】

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    ※玉川大学通信教育部「外国史(東洋)」平成23年度課題<評価>B(合格)

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     このレポートでは、「漢王朝と西域の関係」について述べる。
     概要を先に述べれば、漢は、大きな勢力だった匈奴の対策として西域を利用した。それが、漢と西域との関係である。西域は砂漠地帯であり耕地に限りがあることから、物を売買する商業経済が盛んな地域であり、そのために貿易路が発達していた。漢はこの貿易路に目を付け、貿易路に政治力を走らせることで、北に位置する匈奴への対策を講じたのである。
    〈西域とは〉
     まず、西域について説明する。西域とは、漢から西の方の国々の総称である。一般的には、地理的に中央アジア、トルキスタンを指すが、必ずしも一定の用い方はされず、広義では、ペルシア・小アジア・シリア・エジプト方面からネパール・インドまで、ときには青海・チベット方面を含め、狭義では、タリム盆地すなわち東トルキスタンのオアシス都市国家群を言う。
    もともと西域諸国は、砂漠地帯で耕地が少ないため、点在するオアシスで生産された物を、他の地域と売買することで身を立てていた。そのため、商業経済であり貿易路が発達していた。特産物に恵まれているオアシスでは他の耕地を持たないオアシスの人を受け入れて商品生産にあたらせ..

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