【玉川大学】 日本教育史「大正期の教育実践の特質」

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数3
閲覧数332
ダウンロード数0
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    ※このレポートは、玉川大学通信教育科目名「日本教育史2」平成23年度課題の合格済レポートです。

    教員による評価・批評は以下の通りです。

    <評価>
    A(合格)

    <批評>
    大正期の教育実践について、その概要をよくまとめることができています。
    また、その意義についても現代の状況との比較という、独特の視点から考察することができています。この調子で学習を進めて下さい。
    _________________________________________________

    このレポートでは、大正期の新教育運動について概要を説明するとともに、その教育的な意義について述べる。

    <大正期の新教育運動についての概要>
    まず、大正期の新教育運動についての概要を説明する。新教育運動は、それまでの教師中心の教育に対して批判的な立場を取り、児童を中心とする教育を実践しようとした試みである。イギリスから起こったこの運動は、19世紀後半の国際競争激化に伴い、帝国主義的な風潮に乗って西欧諸国のみならず日本を含むアジアへと広まり、19世紀末から20世紀初頭にかけて展開された。

    19世紀の日本は、明治維新以後、鎖国を抜け出し、他国との遅れを取り戻すために、西欧を手本として急速に近代化を進めた。教育の分野も例外ではなく、留学生を派遣して西欧の教育理論を学ばせ、帰国後、留学生は西欧の新教育を実践、各地に広く伝えた。さらに、「エミール」「児童の世紀」が翻訳され、新教育は多くの人々の共感を得た。このようにして、明治期に西欧の近代教育思想が日本に伝わり広まることとなった。

    そして、第一次世界大戦(1914~1918)が終わると、国際的なデモクラシーの気運にも促され、新教育の波はいっそう強まった。民主主義的、自由主義的な動きと相まって、新教育運動は大正期(1912~1926)に花開くこととなった。新教育の盛り上がりは、「八大教育思潮」公演の応募殺到や、教育界のみならず、文学界の「赤い鳥」創刊にもみることができる。

    このように、日本における新教育運動は、思想的、理論的には明治時代に諸外国の影響の下にあらわれているが、それが教育の現場に影響し、実践的運動となるのは大正十年以降であり、成城小学校、自由学園、児童の村小学校、明星学園、玉川学園などの私立学校が、それぞれ独自の新教育の実践運動を開始した。この時期から取り組まれた主な教育方法として、ドルトン・プランや生活綴方教育などがある。

    <大正期の新教育運動の教育的意義>
    次に、大正期の新教育運動の教育的意義について述べる。大正期の新教育運動の教育的意義は、時代変化に合った教育観を提唱・実践したことで、…

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    このレポートは、玉川大学通信教育
    科目名「日本教育史2」平成23年度課題の合格済レポートです。
    教員による評価・批評は以下の通りです。
    <評価>
    A(合格)
    <批評>
    大正期の教育実践について、その概要をよくまとめることができています。
    また、その意義についても現代の状況との比較という、独特の視点から考察することができています。この調子で学習を進めて下さい。
    このレポートでは、大正期の新教育運動について概要を説明するとともに、その教育的な意義について述べる。
    <大正期の新教育運動についての概要>
    まず、大正期の新教育運動についての概要を説明する。新教育運動は、それまでの教師中心の教育に対して批判的な立場を取り、児童を中心とする教育を実践しようとした試みである。イギリスから起こったこの運動は、19世紀後半の国際競争激化に伴い、帝国主義的な風潮に乗って西欧諸国のみならず日本を含むアジアへと広まり、19世紀末から20世紀初頭にかけて展開された。
    19世紀の日本は、明治維新以後、鎖国を抜け出し、他国との遅れを取り戻すために、西欧を手本として急速に近代化を進めた。教育の分野も例外ではなく、留学生..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。