日本近代史 第2回 (1)「開国から西南戦争にいたる近代日本の外政について」 評価A 2011

会員540円 | 非会員648円
ダウンロード カートに入れる
ページ数2
閲覧数281
ダウンロード数1
履歴確認

    ファイル内検索

    タグ

    資料紹介

    第2回「(1)開国から西南戦争にいたる近代日本の外政について」
    についてのレポートです。評価はAでした。2011年の問題です。参考にしてください。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    日本近代史
    2011/3
    第2回(1)開国から西南戦争にいたる近代日本の外政について
    日米和親条約が安政元年に結ばれ、その四年後に日米修好通商条約が結ばれた。当時日本は徳川幕府が外交を行っていたが、国内は攘夷か開国かという二極に分裂していた。攘夷派は、朝廷を中心に条約の調印を基本的には認めず、日米修好通商条約の締結は幕府への不信を高めた。攘夷派は、朝廷に対して攘夷をスローガンに京都に政治工作を図るようになり、幕府の主権を脅かすようになっていった。
    徳川幕府が部分的にではあるが開国したのは、当時の中国、清がアヘン戦争で敗れたという事実があった。南京条約という不平等条約を結ばされた清が、列挙の食い物にされているという情報は、アジアの一小国であった日本が開国を決断するには十分な脅威であった。
     対日通商使節として来航したペリーによる大砲外交は、前回のビッドルよりも現実的かつ具体的な通商・「開国」要求であり、幕府にその即時回答を突きつけるものであった。幕府は下田、箱館などの部分的開港によって、その要求を回避していたが、日米修好通商条約の締結により、「開国」の度合いは強まり、攘夷派を刺激した。
    ..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。