外国史A 課題1

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    外国史東洋大学通信今村

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    外国史

    資料紹介

    16世紀から18世紀までのオーストリア=ハプスブルク家について。 あくまで参考にしてください。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

     ①ハプスブルクの結婚政策
     15世紀の終わりから16世紀の始めにかけて、ハプスブルク家は、他国の王家と結婚することにより、領土を拡大していった。どのように結婚政策をしていったかを述べる。
    1マクシミリアン自身の結婚
    マクシミリアンはフランスやスイスに対抗するために、ブルクンドの公女と結婚をし、ブルクントを相続した。
    2スペイン王家との結婚政策
     マクシミリアンは息子フィリップをスペイン王女フアナと結婚させた。
     また娘マルガレーテをスペイン王子フアンと結婚させた。しかし、将来スペイン王になるべきフアンは、結婚後半年で病死してしまい、フィリップも死んでしまったので、フィリップの長男のカール5世が引き継いだ。
    3ボヘミア・ハンガリーとの結婚政策
    マクシミリアン1世は、さらにカールの弟フェルディナンドと妹マリアをそれぞれボヘミア・ハンガリー王家のヤギェウォ家の王女アンナと王子ラヨシュと婚約させた。なぜならば、オスマントルコはヨーロッパ進出を狙っていて、ハプスブルク家としてもヨーロッパの防波堤としてハンガリーが必要であったからだ。オスマントルコの脅威のために婚姻して連合を組むことが重要であっ..

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