外国史B 課題2

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    外国史東洋大学通信今村

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    アウスグライヒ時代の民族問題について。 あくまで参考にしてください。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    アウスグライヒ体制のもと、様々な民族問題が生じた。そのうちの一つにボヘミアにおける言語令がある。1870年、ビスマルクがドイツ帝国を統一した。その影響で、ヨーロッパにおけるオーストリア=ハンガリー帝国の地位は低下し、ドイツ帝国に対抗するためにもチェコ人と妥協の道を探っていた。そしてハンガリーが二重帝国として主権を得たようにチェコ人も主権をほしがっていた。
     そんな中で1880年ボヘミア出身のターフェというオーストリア帝国首相は、ボヘミアとモラヴィアにおける対外的使用言語(教育や行政が住民との対応に用いる言葉)をチェコ語とドイツ語が平等であると認め、1882年には、さらに選挙権を拡大した。1883年にはチェコ人はボヘミア議会で大多数の議席を獲得した。チェコ人の地位は高まり、従来、ドイツ語のみ使われていたプラハ大学にも新たにチェコ語使用大学が併設された。そして対外的使用言語だけでなく内的使用言語(官庁内などでの言葉)もチェコ語を使うようにチェコ人は主張し、当時の首相のバデーニはチェコ青年党の票のほしさに、了承し、新たな言語令をだした。それは、チェコ語とドイツ語のどちらも話せなければ職員にな..

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