S0536 人権(同和)教育

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    50年に及ぶ戦後の同和教育史を概括し、同和(人権)教育の意義と学校における同和(人権)教育実践のあり方を具体的に論述すること。
    戦後の京都での同和教育は主に被差別部落の子どもたちの長期欠席・不就学をいかに解消するかを出発点に取り組まれた。この教育プロジェクトにより明治初期の学校創設以来、同和地区が抱え続けてきた長欠・不就学問題が解決の方向に向かうことになる。これを契機に1960年代にはいると学習に遅れが見られる同和地区児童・生徒に対して教員が自主的に取り組んできた勤務時間外の補習学級が同和教育施策として実地されるようになった。つまり60年代からは長欠・不就学問題から学力・進路保障の取り組みへと切り替わったのである。しかしこの取り組みからは十分な成果が見られず、64年から補習学級の取り組みが一層強化されることになる。十分な成果が上がらなかった理由としては60年代の同和地区内の住環境が劣悪なものであり家庭内での学習環境が整備されていなかったことが挙げられる。この問題は1971年から同和地区内に「学習センター」が建設されるようになり解消し、同和地区内の高校進学率は飛躍的に向上した。1970年..

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