日大通信 外交史 分冊1 合格レポート

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    ヴェルサイユ体制とその崩壊について述べよ
     第一次世界大戦は、アメリカの参戦により、英仏側が勝利し、その後六個の平和条約が調印された。パリ講和会議にて、ドイツとはヴェルサイユ条約(1919年6月28日)、オーストリアとはサン・ジェルマン条約(1915年9月10日)、ブルガリとはニュイーイ条約(1919年11月27日)、ハンガリーとはトリアノン条約(1920年6月4日)、トルコとはセーブル条約(1920年8月10日)である。しかし、セーブル条約はトルコが調印を拒んだため、別にローザンヌ条約(1923年7月23日)が調印された。
     ヴェルサイユ条約は、単に旧敵国との講和事項だけでなく、第一編国際連盟規約(これにより国際連盟は正式に成立された)、第一三編労働など、全般的な国際平和機構、国際労働機構の設立を記載したものであったため、これに基づいた国際秩序はヴェルサイユ体制と呼ばれる。ヴェルサイユ条約により、ドイツは片務的最恵国条款や幾多の財政上、通商上の義務や制限が強制され、過酷な賠償義務が負わされ、通商上、財務上の諸制限が課せられた。そして連合国の軍隊がこの条約履行に対する保障として15カ年..

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