【東洋大学 通信教育 2015】日本文学文化概説B単位認定試験論文

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    S判定論文です。「①『薬子の変』が在原業平に与えた影響を述べなさい。 ②日本文学文化史において紀貫之が果たした役割を述べなさい。」という内容でした。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    ①「薬子の変」と在原業平
     在原業平は六歌仙の一人として知られ、勅撰和歌集にも多くの歌を残す、平安期を代表する歌人である。さらにその出自を見ると、桓武天皇の直系に当たる名門の出である。にもかかわらず、官人としては臣籍降下を余儀なくされ、官位も従四位上にとどまり、不遇の生涯を過ごしたと言える。そこには、彼の生前から始まる一つの政変が関わっている。
     業平の父は平城天皇の皇子、阿保親王である。平城天皇は桓武天皇の第一皇子で、延暦二五(八〇六)年、父の崩御を受け即位した。阿保親王は皇太子には選ばれなかったが、后に桓武天皇の娘・伊都内親王が配された。
     そんな阿保親王に、大きな不幸が訪れる。大同五(八一〇)年九月に起きた「薬子の変」である。病のため、弟の嵯峨天皇に譲位していた父・平城上皇が、寵愛していた尚侍の藤原薬子らにそそのかされ平城京への還都をもくろむも、嵯峨天皇によって阻止された事件である。平城上皇が出家に追い込まれただけでなく、阿保親王も都を追われ、大宰権帥に左遷されたのだ。
     親王は父上皇が亡くなった天長元(八二四)年、一四年ぶりに帰京を許された。そして、その一年後の天長二(八二五)..

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