佛教 日本の歴史

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    佛教大学 通信  科目:日本の歴史の第1設題
     
    鎌倉幕府と執権政治についてのレポートです
    評価はBでした
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    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

     鎌倉幕府とは源頼朝が開いたものであり、平氏に続き武家政権が行われたとされる。まず鎌倉幕府が確立するまでをまとめる。鎌倉幕府の確立は、現段階では様々な説があるためここでは文治元年(1185)の平氏が滅亡した段階の時点とする。平清盛が後白河法皇を幽閉し治承4年(1180)に孫の安徳天皇を位につけると、地方の武士団や中央の貴族、大寺院の中には平氏の政治に対する不満が出始めた。この情勢をみた後白河法皇の皇子である、以仁王と源頼政は平氏打倒の兵をあげ、挙兵を呼びかける以仁王の命令が諸国の武士に伝えられた。これに応じて園城寺や興福寺などの僧兵も立ち上がり、続いて伊豆に流されていた源頼朝、信濃の木曽谷にいた源義仲を初めとする各地の武士団が挙兵。そして、ついに内乱は全国的に広がり、5年にわたって戦が続いた。これを治承・寿永の乱という。文治元年(1185)に平氏が滅亡した後、頼朝の支配権の強大化を恐れた法皇は義経に頼朝の追討を命じた。これに対し頼朝は軍勢を京都に送って法皇にせまり、諸国に守護、荘園や公領には地頭を任命する権利や1段あたり5升の兵糧舞を徴収する権利、さらに諸国の国衙の実験を握る在庁官人を..

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