玉川大学 通信「教師論」第1分冊 評価B

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    資料紹介

    <課題>
    3つの教職観について
    ※27年度課題※

    <批評>
    聖職論の「有徳」についてもう少し詳しい説明がなされたらA評価になりました。

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    教師が「聖職者」であるという「教師聖職者論」が意味するのは、教師が現実に聖職者であるということではなく、聖職者ではありえないからこそ、それを目指すように努力すべきであるという当為命題のことである。
    教職を聖職とする根拠としては,まず戦前の教育勅語と天皇との関係による。大日本帝国憲法第3条において「神聖な存在」とされた天皇が教育に関して与えた教育勅語は「聖諭」であり、それに基づいた教育の遂行を任務とする教職もまた「聖職」である。また,教育勅語の具体的内実が孝行や朋友の信を始めとした十二の徳を有する人作りを目的としており,それ以前に頒布された「小学校教員心得」においては,生徒に道徳を周知させ,かつ教員自身が常に先立って模範となるべきであるとしている。こうした教員自らが徳を追い求める態度は,新渡戸稲造の著書『武士道』において,その高貴さ故に「聖職的な色彩を帯びる」とも表現されている。
    このように,「教師聖職者論」は単に「神聖な天皇が出した聖諭遂行の任」という観点だけではなく,教育の目的が徳を有する人作りである以上、教師自らがその模範となるような人格者(聖職者)を目指さなければならないという観..

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