日本法制史Ⅱ

会員648円 | 非会員777円
ダウンロード カートに入れる
ページ数4
閲覧数10
ダウンロード数0
履歴確認

    ファイル内検索

    資料紹介

    日本法制史レポート、江戸時代の武家諸法度について法制史的観点から、約4000字で論じています

    資料の原本内容( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

    「日本法制史Ⅱ-中世・近世・近代」
    江戸時代に定められた「武家諸法度」中、「元和令」「寛永令」「天和令」の内容を比較しつつ、それらの内容から投影される、徳川将軍家と諸大名の統治関係の変遷について説明しなさい。
     江戸幕府が最初の本格的な法整備を行ったのは、1615(慶長20)年7月の武家諸法度の制定による。これを元和令と呼ぶ。その後、原則的には将軍の代替わりごとに発布されたが、1635(寛永12)年の改訂(寛永令と呼ぶ)、1683(天和3)年の改訂(天和令と呼ぶ)などを経て、1717(享保2)年の改訂以後は改訂されることなく踏襲された。初期の武家諸法度が重要視されるのは、その改訂が徳川将軍家と諸大名との統治関係を反映されたものであったからである。
     まず、最初に発布された元和令の内容は次のようになっていた。
    文武弓馬之道専相嗜むべきこと
    群飲逸遊を制すべきこと
    法度に背く輩は国々に隠し置くべからざること
    国々の大名小名並びに諸給人相抱ふる士卒叛逆殺害人たるを告ぐることあらば速やかに追い出すべし
    自今以後国人の外他国の者を交ぜ置くべからざること
    諸国居城は修理たりといえども必ず言上すべし..

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。