北村透谷と夏目漱石の共通点及び相違点について

閲覧数2,968
ダウンロード数12
履歴確認

    • ページ数 : 3ページ
    • 会員550円 | 非会員660円

    資料紹介

    1 透谷と漱石の思想や生き方などの共通点及び相違点について述べる。
     透谷と漱石は、明治日本の近代化の矛盾と誠実に取り組む中で、多くの形見を残した文学者であり、その二人にはある共通点と相違点があった。まず共通点の一つとして、二人の家庭環境があげられる。二人はとも両親とそりが合わなく、透谷はとくに母親と、漱石は父親とそりが合わなかった。そのため、結婚生活というものに対して幻滅していたところがあった。二つめの共通点は、思想と気質についてである。二人の終生変わることがなかった幕末の志士たちへの共感と、明治の元勲たちへの否定意識は、明治維新から自由民権運動時代にかけて精神形成を行った青年たちの一つの特長を示していた。また二人はともに反封建主義・反薩長主義であり、いわゆる天下国家に関心をよせる国土的要素を終生持ちつづけた作家であった。三つめは恋愛観及び文学観である。ともに英文学を専攻して漢文や漢詩を好んでおり、その文学作品には恋愛を主要なテーマとしたものがあって、恋愛というものは神聖なものと考えていた。そして恋愛とは同時に罪悪であることも指摘していたとされる。文学については、国民的思想化を目指しており、下層の貧民へ目を向けていた。また、作品の中には旅を通して文明を批判したものもあった。
     次に相違点をあげると、一つに二人の生い立ちがあげられる。幕藩体制の崩壊により、明治維新の士族と名主の出身であった二人の父親たちの地位はともに変化し、その変化により透谷と漱石の生き方に大きな影響を与えることとなった。透谷は、長男ということもあり、母親によって否応なしに立身出世を方向付けられており、家庭の経済状態はきびしいものであった。一方の漱石は、夏目家の五男として生まれ、北村家に比べると経済的にはややゆとりがあった。

    資料の原本内容 ( この資料を購入すると、テキストデータがみえます。 )

     1 透谷と漱石の思想や生き方などの共通点及び相違点について述べる。
     透谷と漱石は、明治日本の近代化の矛盾と誠実に取り組む中で、多くの形見を残した文学者であり、その二人にはある共通点と相違点があった。まず共通点の一つとして、二人の家庭環境があげられる。二人はとも両親とそりが合わなく、透谷はとくに母親と、漱石は父親とそりが合わなかった。そのため、結婚生活というものに対して幻滅していたところがあった。二つめの共通点は、思想と気質についてである。二人の終生変わることがなかった幕末の志士たちへの共感と、明治の元勲たちへの否定意識は、明治維新から自由民権運動時代にかけて精神形成を行った青年たちの一つの特長を示していた。また二人はともに反封建主義・反薩長主義であり、いわゆる天下国家に関心をよせる国土的要素を終生持ちつづけた作家であった。三つめは恋愛観及び文学観である。ともに英文学を専攻して漢文や漢詩を好んでおり、その文学作品には恋愛を主要なテーマとしたものがあって、恋愛というものは神聖なものと考えていた。そして恋愛とは同時に罪悪であることも指摘していたとされる。文学については、国民的思想化を目指...

    コメント0件

    コメント追加

    コメントを書込むには会員登録するか、すでに会員の方はログインしてください。